2021年10月21日木曜日

バックパッカースタイルで行くEVE Online(インドその10

EVE宇宙をソロで闊歩するガイドとして企画された『バックパッカースタイルで行くEVE Online』は私が書いた旅行記を「原文ママ」で公開するものです。
価値観や文化の違い、詐欺師や海賊プレイヤーとのやり取りなど、私の旅行記を通して自己流のやり方を掴んでいただければ幸いです。Fly Safe o7

※ただの旅行記がEVE Onlineと何の関係があるかは
旅行記で展開されるストーリーをEVEに当てはめてみれば、それ即ち「This is EVE」
毎週木曜日18時更新。全30話以内に納まる予定。
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【マクロードガンジへ】

アムリトサルのバス停から出発したのが昨日の正午。それまではシーク教徒の青年三人と黄金寺院に朝の礼拝に行った後、寺院の施設で無料の食事をお腹の調子を考慮して少量食べ、門の近くにあるコカコーラが安く提供している売店(300mlの瓶入りコーラ、リムカ、ファンタオレンジなどが5ルピー)でスプライトを奢ってもらって乾杯し、後は彼らの部屋でゴロゴロしていた。もう一泊して一緒に遊ぼうぜと誘われたがアムリトサルはだいたい行き尽くしたし、WiFiが使える店が見当たらないし、禁煙だしで、「俺行くわ。サースリアカール!」ということで11時になってから荷物を取りに僕の宿へ戻り、サイクルリキシャでバススタンドへ15ルピーで行った。確かこんな感じだった。

アムリトサルとダラムサラの中継点であるパタンコートでは、ワル仕様ロングボディのオートリキシャが主流だった。カッコ良いが小回りがきかず駐車場での車庫入れが大変そうだった。

7時間程度で着くと思われたバスは大幅に遅れ、約八時間半後の午後八時半にダラムサラに着いた。旅行者が多いダライ・ラマ法主公邸のあるマクロードガンジまで更に30分程度かかるが、どうやら到着が遅れてバスが終了していた。しかも標高が一気に上がったので寒い。Tシャツにヒラヒラのズボンでは死んでしまう。僕は自分が凍死する前にマクロードガンジに行きそうな外国人4人と合流した。ミニバンを一人50ルピーで雇って出発。ヒマラヤ山脈目前なだけあって急な坂道をクネクネ進む。

マクロードガンジの中心部にある狭い広場に到着後、皆目当ての宿へ向って散り散りになる。僕が目指すのはLadies Venture G.H.。男性は泊まれそうにないが実は泊まれるという紛らわしい名前の宿。細く蛇行して急な下り坂を5分くらい歩いた所にあった。インドで泊まった宿の中で最も綺麗である。しかも安い。
ドミトリーで100ルピー、掛け布団付き、ホットシャワー有り。凄い!

オーナーやスタッフは猛烈にのんびりしていて、僕は泊まってから丸一日経った今になってもまだチェックインできていない。
昨夜「チェックインプリーズ」と言ったが「手続きは明日だ。ゆっくりしなさい。」と返答があり、今朝「チェックインプリーズ」と言うと「飯食ってからだ。エンジョイしなさい。」と返答があり、昼前に「チェックインプリーズ」と言うと「オーナーがどこか行ったから後でな」と返答があり、夕方になって「チェックインプリーズ」と言うと「オーナー帰ってこねーな。まぁチェックアウトの時にチェックインの手続きすれば良いよ。」と返答があり現在である。
この宿もそうだがそもそも町全体が猛烈にのんびりしている。ダライ・ラマと共にこの地へ亡命した多くのチベット族はもちろんインド人までもおっとり優しい微笑みで迎えてくれるのだから凄い。見てくれは完全にインド人だが「お前は本当にインド人か?」と問い詰めたくなる。中国の香格里拉の中国人をそっくりインド人に変えたら必然的にこうなると頭で分かっても非常に妙な印象を受ける。

曇りがちで見えないが、手前の山のさらに上にヒマラヤ山脈がそびえ立つ景色は圧巻だ。宿の近くでは学校で騒ぐチベット族の子供達や、僧侶見習いのちびっ子モンクの問答の練習の声が聞こえてくる。

小籠包タイプのモモ。チベット料理。赤いタレを付けるとより美味しいが、この露店のタレは極悪の辛さなので付けすぎると絶命する。

町中のチベット寺院。こんなタイプもあるみたい。

ごく稀に牛。

道はアップダウンが激しい。本日は近くの無料WiFiのある喫茶店に行った以外は宿でスタッフや宿泊客とだべりながら過ごし、夕方近くにダライ・ラマ法主公邸横のチベット寺院へ行った。

斬新な構図だ。僕には描けない。

運が良い事に本殿ではお経(声明?)と舞が奉納されている最中だった。チベット密教系の声明は超低音の発声と雷が落ちる様に突然炸裂する楽器の爆音が特徴的だ。僕はCDを買って何度も聴いていたので馴染みがあるが舞が合わさるとさらに奥行きができて圧巻だった。規模の小さいものでこの迫力だから、ラマ教最高クラスの楽団(僕が持っているCDの)の生の声明をぜひ体験してみたい。もちろん本気の舞もセットで。

坊様たち。

ダライ・ラマのお膝元とはいえ小さな寺院だが仏画や仏像はいい感じ。


【マクロードガンジで】

下痢が治ったと思ったら今度は発熱だ。微熱程度だけれど体調が悪いのは辛い。夜中の急な雷雨でかなり冷え込んで、それで体調が崩れてしまった。山の天気は変わりやすいと言うが、にしても変わりすぎだと思う。雨が降ったと思えばすぐに日が出たり、さっきなんかは雹とアラレの中間くらいのがバラバラと落ちてきた。気温も天気次第で激しく変動するから、一日中ジャケットを羽織ったり脱いだりと忙しい。

昼まで寝込んでいたが寝続けるのも辛いので外出する事にした。シバ寺院と滝のある方へ。

この辺りの電柱は概ね斜め。真っ直ぐ立っているのを見つけるのが難しい。

インドはどこに行っても「これで大丈夫なのかな?」と思うポイントがあって、地域によって大丈夫じゃなさそうな物がそれぞれ違ったりする。で、案外大丈夫だったりする。ただ大雨や地震などの度を越した力が加わると、それらは一気に崩壊し、被害甚大の危機的状況になるのは間違いないのだから、やはり大丈夫ではないとするべきか。
インドはどこも大丈夫とは言えないのと同様に、インドはどこも汚い。標高2000m付近の山岳地帯で、かつダライ・ラマのお膝元なのだからそこそこ綺麗だろうと期待したがそんな訳はなかった。道沿いの水路にはヘドロとゴミが堆積して異臭がしているし、山道でもゴミが大量に捨ててある。住んでいる絶対数が少ないので、その分ゴミも街と比べれば全然ましだが汚いと言って差し支えはない。
インドには綺麗な場所など無い。あるとすれば、それはインド人がいない所である。

稀に少しだけ姿を見せるヒマラヤ。頂上付近にはインド人が住んでいないから、きっとゴミが少ししか落ちてないだろう。

滝。遠くにちょろっと写っているのが分かるだろうか。道が整備されているので近くまで行けるが、しんどいし面倒臭いし遠くからでも滝のショボさが確認できたので、喫茶店の三階席からレモンジンジャーハニーティー(20ルピー)をちうちうしながら眺めて満足した。

シバ寺院も小さくて気合が入っていなかったが、これは良い感じ。

蝉だと思うが凄い色だ。目立ちすぎて即食われてしまいそうだが大丈夫か。それとも毒があったり、無いけど毒持ってるぞアピールをしているのか。

帰り道で結婚式に出くわした。これは皆に飯を振舞う会場。片付けと次の客人に出す料理の準備に大忙し。

こちらは音楽と踊りの会場。おっさん二人が曲に合わせて踊る。新郎新婦は退席中だったらしく残念ながら姿は見えなかった。

結婚式の参列者の車で道が渋滞。両側に駐車された道の真ん中をクラクションを鳴らしまくりながら通行する。滝の方へ行き来する車が多いので大変だ。
この道を歩いていると沢山の白い蝶が道沿いに町へ向かって飛んでいた。次から次へと蝶が式場の方からやって来て町の方へ消えて行く。結婚式とは関係ないだろうが、こんな時は関係あると考えた方が幸福度が高まるのでそう思うようにしている。

山の斜面に広がる町。

今日の町中。


つづく
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その他の写真とか




激しいタイプの声明

超低音の声明

チベットメモ
旅行中によく耳にしたのは中国共産党の同化政策によるチベット人弾圧および虐殺。
若い男を強制でチベット外に出稼ぎに行かせ、若い女を犯して漢族の子を身ごもらせる。
三人以上が同席した場所でチベット語を使っての会話を禁止したりその他多くの禁止事項があり、守らなければ逮捕して拷問の末に殺害する。
言いがかりで連れていかれる事もよくあるという。
チベット侵略に対して僧侶の焼身自決による抗議も連日のように行われていた。
「フリーチベット」が盛んに叫ばれた時期で海外メディアの報道や各国政府からの抗議も激しかったが日本大手メディアからは実情が報道されていない。
中国共産党によるチベット侵略は現在も継続中。
ダライ・ラマの後継者問題も危機的状況にある。
チベットには中国、東南アジア、南アジアの水源が集中していて地下資源も豊富。

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