2021年9月9日木曜日

バックパッカースタイルで行くEVE Online(インドその4

EVE宇宙をソロで闊歩するガイドとして企画された『バックパッカースタイルで行くEVE Online』は私が書いた旅行記を「原文ママ」で公開するものです。
価値観や文化の違い、詐欺師や海賊プレイヤーとのやり取りなど、私の旅行記を通して自己流のやり方を掴んでいただければ幸いです。Fly Safe o7

※ただの旅行記がEVE Onlineと何の関係があるかは
旅行記で展開されるストーリーをEVEに当てはめてみれば、それ即ち「This is EVE」
毎週木曜日18時更新。全30話以内に納まる予定。
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【インド最南端カニャークマリで】

ホテル・ファイブラタのお母ちゃんが作る不味い朝食を何故かまた食べてしまう不思議。そして大きめのコップに注がれたチャイ安定。

昨日の葬儀の続きで朝から太鼓と爆竹と人々の声が続いている。昼前に宿を出てバス乗り場まで向かうが、爆竹の残骸と花びらと花束が道に途切れることはなかった。バス乗り場が町の中心にある寺院の正面にあって、おそらくそこまで皆で亡骸を送ったのだろう。

バス乗り場に11:30頃着。バス停のインフォメーションに張り出してある手書きの時刻表を前日にチラッと見た記憶では、この時間から1時頃までにバスが3つ4つあったから余裕ぶっこいていたが、バス停のインド先輩達に尋ねると「チェンナイ行きは一時だ」と言う。時刻表を見間違えたかと再度確認したが記憶の通り何便かある。「ここにもっと早い便が書いてあるけど違うの?」と私。「チェンナイ行きは一時だ。問題無い。A/Cバスだぞ。お前はジャパニーか(にこにこ)。」とインド先輩達。僕が日本人だったり、バスが冷房付きかどうかはどうでも良い。問題は時間だ。
これは何かおかしいと2、3度同じ事を尋ねるうちに、バスは13時にマハーバリプラムに到着して出発は13:40だという新情報をゲットした。これは問題だ。チェンナイ・エグモア駅発カニャークマリ行き列車は17:30。バスはチェンナイ・モフジール・バスターミナス(ターミナルをターミナスと言う。略してCMBT。地名のコヤムベドゥと言わないと通じない事がある。)まで約二時間。CMBTからエグモア駅までは路線バスで30分。上手く乗り継げたとしても、途中で渋滞したりバスが軽く故障したらアウトじゃないですか。

インド先輩に何度訊いても「無い」と仰るのだから無いのだろう。なるようになる、と半ば投げやりでバス停前のレストランでクソうまいチキンビリヤーニをガツガツ平らげてパイナップル果汁とヨーグルトのミックスジュースをちうちう。でも、やっぱり引っかかる時刻表。食後、やってくるバスに一々「チェンナイ行く?」と訊きまくる。するとどうだ12:50頃にやって来たバス(A/C無し)がチェンナイに13:20に出発するって言うし!しかもエグモア駅から近いチェンナイ・セントラル駅行きで願ったり叶ったり。
バス停のインド先輩達が13:40発を推したのは「外国人だから快適なA/Cバスが良いだろう」と気を使ってくれたからだと思う。これがインド人の良さでありインド旅行の楽しさだと言える。徒歩30分の距離を「あと少しだ。頑張れよ!」という励ましの意味で「あと5分で着く。」と教えられて迷子になった旅行者の話しを聞いたことがある。多くのインド人はとても優しい。ただ優しさの表現が世界標準と違う場合があるだけだ。

インド先輩達の優しさを乗り越え、また助けられながら、セントラル駅から路線バスに乗り換え、理想的な時間にエグモア駅着。列車は定刻に出発し、インド最南端のカニャークマリを目指して、スーパーエクスプレスのくせにアクビが出る様な速度で巡行していく。

今回の僕の座席は寝台下段。これでインド鉄道スリーパークラス寝台上中下段をこなした。感想は、最も快適だと思っていた上段を確保しなくても特に問題無い。それぞれに一長一短あり、どこになろうとノープロブレムだ。列車に乗りさえすればインド先輩達との楽しいひと時が待っている。

インドの車窓は今のところどこも代り映えしないが、稀に気になる山や寺院が見えて「ガイドブックに載ってねえよ!ここで降りてぇ。そして近くで見てぇ。」となることがあったり。

6:30にカニャークマリ駅に到着。予定では6:50着のはずだ。またもや到着が早すぎる。どうなっているのか。

ガイドブックを眺めながら、しばし駅舎で時間を潰す。南インドでは宿のチェックイン時刻から24時間滞在する権利が得られる方式で、つまり朝の7時にチェックインしたら翌朝の7時までにチェックアウトしなければならない。なのでなるべく無理のない時間帯にしたかった。と言っても面倒臭くなって8時にチェックインしたが。
宿はN.R.S.Lodge(南部では安宿はロッジとなっていることが多い。またHotelと書いていても宿泊施設の無いレストランであることが多々ある。)ダブルルーム250ルピー。何件か寄ってみたがここが若干安かった。多人数での参拝客が多いからシングルルームがあまりないみたい。部屋は値段以上に清潔で広く、屋上からの景色も良いが、少々高いので明日は引っ越す予定。

チェックイン後はほぼ切符を買う作業に費やされた。カニャークマリの次はアウランガバードに滞在し日帰りでエローラの石窟寺院へ通う予定だが、カニャークマリからアウランガバードへの道のりが厄介だった。直行便は無い。なので大きい駅をいくつか経由する事になるが、程よいルートは全てウェイティングリスト(WL)40~50、多いところだと100を超えている。日をずらしても土日のせいか逆に数が増える始末。カニャークマリはこれまでのインドで一番お気に入りの場所になりそうだが、丸一日で全部行き尽くせるくらいの小さな町に長居する訳にもいかず。少々きついが47時間超えのカニャークマリ→ムンバイに乗って、ムンバイからアウランガバードに列車かバスで向かうルートにした。これなら3/31の便でWL15だった。つまり15人分のキャンセルが出れば僕に席がまわってくる。運が悪けりゃ席が無い、という程度の数なので気は多少楽だが安心はできない。

切符奪取活動を一旦休止し観光へ。

綺麗な教会。またもや葬儀に出くわした。遺体と共に大勢の参列者が教会に入った後、タミル語?のレクイエム?が聞こえてきた。インド人の神父は新鮮。

町の東側の海岸沿いに漁師町あり。

「左がベンガル湾で、真ん中がインド洋で、右がアラビア海。」と聞くとありがたく感じられる場所。ここは三つの海の合流点だそうだ。加えて沐浴(海水浴)するインド先輩達。

町の西側でアラビア海に沈む太陽。
夕日が雲に隠れても動こうとしないインド先輩達。沈む太陽に思いを馳せるのは万国共通か。

----- 中略 -----

インターネット屋(WiFi有り)にあったカレンダーは縦読み。

インド人memo:インド人は水を飲む時ペットボトルを口に付けない。上を向いて口から離して注ぎ込む。列車ではそうやって回し飲みしているのをよく見かける。飯を食う時は、外国人が来る様なレストランではスプーンが出てくるが、インド人はそんな店でも手で食べる人が多い。他人の口がついた物、あるいは他人も口をつける可能性がある物に口が触れることを不浄と考えているのだろうか。
にしても、僕が手で食べていると稀に「おい、ジャパニーが手で食ってるぞ。」「本当だ。ジャパニーが手で食ってる。」と陰でこそこそ言うのは何故だ。お前らが手で食ってるんだろ。
手でクチャクチャとカレーとご飯を混ぜて食べるのが楽しくて、ついやってしまう。


【インド最南端カニャークマリで2 】

午前五時半に起床。とても眠いが朝日を見るために頑張った。ここカニャークマリでは、夕日が海に沈むだけでなく、朝日も海から昇る。
動きがスーパースローな寝ぼけた状態で支度をし、宿を出る頃には空が仄かに明るくなっていた。まだ6時になっていないが既にチャイ屋にはチャイを飲む客がたむろしており、日の出を見物しにいそいそと海岸へ向かう家族連れも多数。

日の出を待つインド先輩達。その中を100m先まで響く声で「チャイチャイチャイ、チャ~!」「コッフィコッフィコッフィ~!」とタンクをさげて売り歩くチャイ屋とコーヒー屋(南インドにはコーヒーの産地があるらしい)。

水平線上に雲がかかっていて中々出てこなかった日の出。

歓喜の声、写真を撮りまくる人、海に浸かって沐浴する人、皆思い思いに日の出を楽しんでいる。写真の視界から横を向いても後ろを向いても人だらけ。これだけの人だかりでほのぼのとした空気が流れている。ザ・南インドという感じ。和む。

波が砕ける岩場に立って朝日をバックに撮影するのが流行りのようだ。若者だけでなく爺さん婆さんもバシッと決めポーズで記念撮影をしている。そしてシャッターを切る前に後ろから波がザッパ~ン!と来て「アッヒャー!」と慌てて服をたくし上げて避難する。見ていると皆そうなる。面白い。
僕が撮った日の出の写真を確認していたら横からインド先輩達が覗き込んでくるので見せてあげた。すると俺にも見せろと次々に寄って来て小さな人だかりが。「お前はジャパニーか。一緒に写真を撮ろーぜ。」と何故かインド先輩と写真を撮ったり。

海岸にあるお堂

三つ眼?カッコ良い。

海岸を裏手にするかたちでクマリ・アンマン寺院がある。写真は門の屋根。内部は撮影不可。入口手前で裸足になり、男は上半身裸にならないと入れない。カニャークマリで最も賑わうのがここの参道だ。寺院には止め処なく参拝者が出入りしている。
入口の手前の通路に座り込んで靴預かり業を営むおばちゃんにサンダルを預け(出て来た時に2ルピー支払った)、上半身裸になり、僕も入る。
参拝者が多いせいか、内部は鉄柵で順路を仕切っている。途中の受付で入場料(お布施?)を20ルピー支払って奥へ進む。

レシート

内部は薄暗く、祭壇には時代劇でよく登場する油に紐を浸して蝋燭の様に火をともした物で照明している。派手さは無く、むしろ地味だが、女神クマーリーをはじめ独特のオーラを放つヒンドゥーの神々が祀られており、参拝者は熱心に祈りを捧げている。

今日は宿を移動した。昨日、参道をフラフラ歩いている時に雑談した爺さんがJothi Lodgeという宿のオーナーで、部屋を見せてもらったらダブルルーム200ルピーで悪くなかったので決めた。ちなみに150ルピーのシングルもあったが、風通しの悪い一階の薄暗い部屋で、ノミやダニがいそうだったからお勧めできない。

カニャークマリは4、5月がハイシーズンらしく、この宿ではシーズン前の準備中で、ペンキ屋が狭い階段に座り込んで鉄柵に白いペンキをダラダラと塗っている。柵に塗ったペンキもダラダラして階段に垂れまくっているがインドではノープロブレムらしい。
ペンキといえば、コルカタの街中の街灯や柵に塗装中のペンキ屋を見た。彼らは刷毛を使わず、布切れを団子状に丸めた物にペンキを浸して素手でペタペタと少しずつ塗っていた。カニャークマリの某工事現場では、ビルを解体(改装?)するのに電動工具で壁をドカドカ砕いている傍ら、片手用の金槌で実にのんびりとカン!コン!と柱を削っている人がいる。十階建てくらいあるビルの一階の、しかも構造体を破壊するのは非常に危険な行為だと思うがノープロブレムか。柱の表面だけ削って化粧直しをするならまだ分かるが、芯まで砕いて気持ち程度に入った鉄筋が剥き出しだったから、既にその柱はビルの自重を支える役目を放棄していたので見ている僕が手に汗握る。
この様な労働者の仕事っぷりを眺めていると、ここはインドなのだと改めて確認することができる。

本日はついうっかり衣類を買い込んでしまった。ルンギーという巻きスカートで、南インドでは男性の定番スタイル。寺院の入口付近でオレンジ色のを見つけて150ルピーで衝動買いし、すぐさま洗って乾かして腰に巻いてみると、これが中々心地良い。その後、ルンギースタイルで海岸を散歩中に露店のルンギー屋を発見し、赤の花柄ルンギーを210ルピーで購入。ただ後から買った方は、長さがオレンジ色の三倍はあるんだが本当にルンギーか?おっちゃんがルンギーだと言っていたからそうなんだろうが、花柄のルンギー装備のインド先輩を未だかつて見た事が無い。女性用じゃないだろうな。

ラベルは信頼?のガンジー爺さん。

僕がルンギーを巻いて気分良く散歩していると「ジャパニーがルンギー巻いてるぜ。」「本当だ、ジャパニーがルンギー巻いてる。」と友達同士でこそこそ話してこっちをジロジロ見ながらニヤついている奴がいる。珍しいのか。 

つづく
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その他の写真

カニャークマリ行き寝台車両の夜明け

カニャークマリの町並(西側)

カニャークマリの日の出

チャイメモ
茶は中国が原産地で「チャ」もしくは「チャー」。
それが訛ってインドでは「チャイ」もしくは「チャーイ」。
中東やバルカン半島、中央アジア、コーカサス、トルコ、おそらくロシアでも「チャイ」またはそれに近い語になっている。はず。

2 件のコメント:

  1. こんばんは。
    いつも楽しく拝見させて頂いてます。

    どうやらインドの方々の浄・不浄感は、
    日本人の感覚とは大分異なるようです。
    スプーンが用意してあっても自分の手で食べるらしく、
    理由は「誰が使ったかもわからないスプーンで食べるなんて汚いじゃないか」
    という理由だと妹尾河童さんのインド本に書いてありました。
    それを読んで
    『なるほど~』と思った記憶があります。

    私もバリに行った際に現地の人を見倣って手で食べてみたところスプーンで食べるよりすごく美味しく感じたのを覚えています。
    でも日本人なもんで食べ慣れて無いせいか手に残ったご飯粒をペロペロして笑われました。
    文化の違いって本当に面白いと思います。

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    1. インドは多言語、多民族国家で、社会的地位や地域、信仰する宗教や宗派によって慣習が大きく変わります。
      スプーンやフォークを使わない人が多かったですが使う人もいます。
      この旅行記を書いたのは10年前です。現在は事情が異なるかもしれないので注意してください。

      スプーンやフォークを使わないのは「汚いから」という感覚もありますが、何人かのインド人に尋ねたところ「手じゃないと飯食ってる気がしないから」というのが主な理由でした。
      コップには口をつけて飲むし、汚いよりも満足感の問題かもです。

      インド料理は手で食べられる物しかないですけどスープやシチューみたいな熱い液体系料理を食べる時はスプーンを使うと思います。

      また「お尻を洗うのに左手を使うので食事では右手しか使わない」みたいなことを言われたりもしますが、実際は平気で左手も使う人が多かったです。

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